さようなら石丸電気レコードセンター('10/04/04)

石丸電気3号店レコードセンターと言えば、知る人ぞ知る神懸かり的なお店でした。
お茶の水から見える赤い「レコード」のネオンがシンボルのお店です。

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'10年3月30日、お茶の水橋から撮影。
「レコード」の下には、「石丸電気③」とあります。
石丸電気と言えば、昔は秋葉原の象徴みたいな存在でしたね。

http://www1.edion.co.jp/CGI/store/result.cgi?store_cd=4728&brand_cd=06&category=d

外資系の大手CD店が続々と登場してもなお、国内盤クラシックやアニメ・特撮サントラについては、他の追随を
許さない圧倒的な品揃えを誇り、私は「石丸になければ日本中どこにもない」とさえ思っていました。

この3号店レコードセンターは、ISHIMARU SOFT3という店舗名に改称された後、ishimaru soft ジャズ&クラシック
としてクラシックとジャズの専門店となりましたが、4月4日で閉店し、4月6日からは向かいにあるishimaru soft本店(旧2号店)6階に新規オープンされました。

ヨドバシアキバの進出以降、お客さんの数が非常に少なくなっていたし、駅から一番遠いSOFT1が以前閉店した
こともあり、気にはなっていたのですが、残念ながらその心配が的中してしまいました…。

平成元年、大学入学のために上京以来、20年以上にわたってお世話になってきた私としては、
ほんとうにさびしい限りです。

あのCDもこのCDもここで買ったなあ…

20年前はまだ大学の生協にクラシックCD売り場がきちんとあって、新譜はそこで安く買いましたが、
いろいろと開拓するには専門店に行くしかありませんでした。

某CD店の「PAY HERE」という「命令形」が不愉快極まりなかった上に(最近はPLEASEがついた!)、
愛想のないバイト店員ばかりで買物をする気にもなれず、大学が秋葉原から比較的近かったこともあり、
CDを買うときはいつも石丸に足を運びました。

それに、なにより、レコードセンター3階国内盤クラシックCDフロアには、すばらしい店員さんがいました。

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'93年11月6日に発売されたこのCD、11月下旬の発売と勘違いして発売から1ヶ月ほどたってから買いに行ったら、
レジ横の新譜コーナーにない。

あれ、ゲルギエフだし(当時はまだそれほどメジャーじゃなかった)、1812だし、スルーされてるのかなと思いつつ
レジにいた店員のYさんに、「ゲルギエフの1812とかが入ったCDありませんか?」と聞いてみました。

すると、2号店だったかに在庫照会の連絡を入れてくれたのですが、このときYさんは、雑誌やカタログで確認
することもなく、いきなり

「在庫照会お願いします。PHCP-5186・・・」

え!!!!!!!

なんと、Yさんは、私が探していたCDを特定しただけでなく、番号を正確に記憶していたのです!!

この瞬間の感動は今も忘れません。
そして、この瞬間を思い出すたび、あの感動がよみがえってきます。

これこそ、究極のプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい。
40年ちょっとの人生の中で、これほどプロフェッショナルのすごさに圧倒されたことはそうそうありません。
Yさんはこれだけの知識を持つ店員さんながら、穏やかで丁寧な接客ぶりで、非常に好感の持てる方でした。

「カワサキヤ」さんのコメントを読ませていただいてびっくりしたのですが、私もこのYさんがカウンターに
いらっしゃる時はどうしてもYさんにレジをお願いしたくて、わざわざタイミングを狙ったものでした。
昔は新譜の発売時期にはカウンターの前にずらりと行列ができることも珍しくなく、読みが外れて他の店員さんに
当たった時はちょっとがっかり?したものでした。

プロとは何か、心に迷いが出てきたときは、今もこのYさんのことを思い出すようにしています。

そう、昔はこんな店員さんがいたのです。
安い高いではない、この人から買いたい、そう思えるほど素晴らしい店員さんがいたのです。
人からものを買うという手続きそのものが目的になるような、そんな素敵な文化が、この日本にはあったのです。

そんな文化をぶち壊してしまったのはいったいどこの誰なのでしょうか…。

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4月4日、営業最終日のレコードセンターです。
この入口からお店に入るときは、ちょっとしたワクワク感がありましたね。

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この日、最後に買ったCDは、メータ/ウィーン・フィルの「復活」。
もちろん、あの活気あふれるレコードセンターの復活を期待しての願掛けです。

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18:22撮影。あと40分で長い長い栄光の歴史に幕を閉じます。
取扱商品が変わっても、「レコード」のネオンのままで残ってくれたことがなぜかうれしかった。
決して大きなフロアではなかったけど、圧倒的な品揃え、店員さんのレベル、どちらも文句なしに日本一だった
のではないでしょうか。

石丸電気レコードセンター、長い間ほんとうにお世話になりました。

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この記事へのコメント

カワサキヤ
2010年04月25日 12:10
ブロクを拝見し、私も同じ想いです。わたくしは、あのレコードセンターが出来る前、向かい側の2号店にクラシック、ジャズのフロアーがあった頃からの石丸ファンでした。そしてあの3号店すなわちレコードセンターが完成した時の興奮は忘れられません。いえ、仰るように店員さんの人柄、知識、まさにプロフェッショナルが何人も居られました。LP時代から主なる新譜のレコード番号を暗記されている方がいらっしゃいました。それだけでは在りません。いわゆる海賊盤、私家盤を「レコード藝術」の付録のレコード名鑑で教えられ、当然、正規盤でないから、石丸さんには置いてありませんでしたが、「あの・・・そうしたレコードは、小川町のハーモニーさんとか、個人でなさているお店にあることが・・」と、ホントはそこまで教えてはいけないのかも知れませんが、丁寧に教えてくれた店員さんもいました。昭和50年代ですが、わたくしの学生仲間では、昔の呉服屋並みに「ご贔屓の店員」がいて、「彼は何曜日がお休みみたいだ」とか「俺はあの人で買う」という者までおりました。ジャズ・フロアの(実名で書きます。素晴しい方でした)岩間さんや、クラシックフロアの、仰せの通りのY氏、それ以前はN氏、H氏などはもう、毎日でも顔を見てお話がしたい・・・そう思わせるほどの実力がを備えておられました。もうあのような「人と人が接しあって、切磋琢磨する」時代では無いのかも知れませんが、私どもお世話になった者には、永遠の聖地として「石丸電気レコードセンター」を讃えたいと思います。
2010年04月25日 23:28
カワサキヤさん、こんにちは。
石丸の店員さんは昔からすごいプロ集団だったのですね。

今や買物はネット通販でコンビニ受け取り、CDに至ってはデータのダウンロードで入手する時代で、手間がかからず便利になったとは思いますが、便利になればなるほど、何かが一つずつ失われていくような気がします。

石丸電気レコードセンターに匹敵するお店の出現はもはや不可能でしょうが、こんな素晴らしいお店があり店員さんがいたということを、我々石丸ファンがこれからも大切にしていければいいなと思います。
paukenschlager
2010年04月26日 11:31
ひさしぶりに書き込みします。僕も生まれて初めてレコードを買ったのは石丸電気の2号店です。今から四半世紀前の、中一の10月、レコード一枚分のお金を握りしめて2~3時間、石丸電気の中をさまよった記憶は鮮明です。買ったのはカルロス・クライバーの運命。本当に擦り切れるほど聞きました。一枚のレコードやCDへの思いは、時空を超えます。
2010年04月28日 17:45
paukenschlagerさん、こんにちは。
私がこの世界に足を踏み入れたのは、すでにCDが業界の主流になってからでしたので、擦り切れるまで聴きこむような思い出のレコードはありません。初めて買ったクラシックのCDはボニングの「白鳥の湖」ほかでした。デジタルのデータというのは、半永久的に音が変わらない、何千回聴いても擦り減る心配はない便利なものだけれども、聴いた形跡がどこにも残らず、どこか寂しいものがありますね。
カワサキヤ
2013年09月13日 09:40
久しぶりに、書き忘れていたことを記します。石丸電気レコードセンターのもう一つの魅力に、イラストレーター和田誠さんが描いたあの見事なそして癒やされる音楽家たちの顔が並んだレコード袋や手提げ袋がありました。あれほどお世話になったのに一枚も残っていない。無性に懐かしさがつのります。
2013年09月14日 20:03
カワサキヤさん、こんにちは。

「石丸電気 袋」で画像検索してみましたが、私は初めて拝見します。私がお世話になりだした頃はすでに白地に水色の線の入った袋で、雨の日にはビニールの厚手の袋に入れてもらえるのがちょっとうれしかったですね。
!Q!
2014年11月19日 01:42
石丸電気・・なくなって本当に寂しい。
私は、このビルのJAZZ売り場にちょくちょく行きました。
それと道路を挟んだ石丸ビルに古めの映画のDVDを買いにも行きましたね。

やはり有名大型店ヨ○○シア○バは秋葉原には不要だったのかも・・・?

とにかくマイナーなDVDやCDは石丸でしたねえ・・・涙・・・・
2015年01月01日 21:23
!Q!さん、コメントありがとうございます。

ネットの通販の充実ぶりを見ると、いくら石丸でも(わざわざ買いに出かける人が減るという点で)太刀打ちできなかったかなと思います。ネットへの対応ができなかったことが最大の敗因でしょう。

私のような古い人間は、店頭で受け取らないとなんか買った気がしないのですが、時代はどんどん変わっていますね。時代の変化そのものも私にはついていけないことが多くなりました。、
fuka
2015年11月17日 10:15
今週末何年かぶりに秋葉原を通りましたが石丸電気の姿がなく立ち尽くしました。情報に疎く、あのレコード館が閉鎖されたことを知りませんでした。クラシック輸入盤の好きな私はあれこれと選んだものです(80-90年代)。ネットにはなかなか出ないような掘り出し物もありましたね。悲しい限りです。それで、どこか他で営業されているということもないのですね。
obake
2017年09月15日 02:47
こんにちは。たまたま通り掛かりましたので、コメントさせて頂きます。
石丸のレコード館、懐かしいですね。

もともとクラシックは好きですが、特に目を凝らしてフロアを探索した覚えはありません。
しかし、JAZZ コーナーは好きで良く通っており、やはり「神店員」の存在はJAZZコーナーにもありました。
仰る通り、昔の店員さんは、本当のプロであり、職人芸でしたね。

レコード館に限らず、ラジオセンターの書店のおばさんなんか、その月の月刊誌については内容まで把握しており、私自身、技術的なアドバイスまで貰ったことがありました。
今やアキバからはそういう店員なり店舗が少なくなり、サラリーマン的な感覚に支配されるようになってしまいました。残念なことです。

アキバから「無線」「オーディオ」がなくなり、アニメおたくが闊歩する昨今、寂しい思いをしているのは私だけではないことが、このページを見て良く解りました。
昔の雰囲気、要はパソコンの黎明期というか、部品中心のアキバの雰囲気が少しでも復興してくれれば良いなと思いますし、本来の「世界のアキバ」とは、そういうものだと強く思います。
私の場合、秋月と千石がある限り、これからもアキバには通い続けるのだろうと思います。

レコード館で最後に購入した、シャンソンのオムニバス盤を聞きながら、コメントを終わりたいと思います。

以上、大変失礼いたしました。
あだーじょ
2018年02月04日 20:49
通りがかりに失礼します。
石丸電機のCD館が無くなったこと、こちらのページで知りました。

30年近く前、中~高校生の当時、土日に兄から定期を借りて(本当はいけないですが)2時間近くかけて秋葉原へクラシックCDを買いに行くのが月一回の楽しみでした。
FMで聴いたマイナーな曲のCDもこちらへ伺えば必ずあり、また、おこずかいに限りのある年齢にとっては、国内版2枚か、輸入盤3枚購入かを悩み、フロアを上がったり下がったりしていたことを思い出します。
多くの大人に紛れて館内をうろつくことでちょっと背伸びをしている気持ちにもなりました。

売り手、買い手ともに熱気のあふれた場所でした。
寂しいことではありますが、あの場に感謝です。

失礼しました。
わーしま
2019年11月07日 19:21
こんにちは。偶然見たものです。

こちらの建物は現在も残っているようですが、隣地と一緒に長らく空きビルでした。数年後にisihimaruがEDiON!に変わった時も、まだ空きビルだったともいます。

かつてアキバの中でも一際輝いていた石丸電気(isihimaru)ですが、edion groupになった後に採算重視になり、徐々にケチるようになってきました。ishimaruがEDiONになる時は、「石丸要素皆無、訴訟!」っていうぐらい変だったと覚えています。厳密には無名のDEODEO(九州で少し有名なだけ)とエイデン(こちらも名古屋で有名だがマイナー)を合体させてエディオンになったみたいなので、ミドリ要素も皆無ですが…

EDIONに変わった後も2013年に本店が閉店し、唯一残ったEDION AKIBAも2023年に閉店するのではないか、と示唆されています。

正直、この数年で店舗の統廃合が一気に進むとは思いませんでした。ほんの10~30年くらい前までは、「ここは○○電気」「ここはヤマギワ祖府都」とか、激戦区みたいなのがあったのですが、統合に統合を重ね、ソフマップに関しては隣もソフマップ(以前は角田)になるとか、考えていることがイマイチ良く分かりません。

ただ、人からものを買うという手続きそのものが目的になるような、そんな素敵な文化は、もうこの日本にはありません。
それは、以前の日本です。今の日本は、日本ではありません。JAPANです。

まあ、どうでもいいんですけど、多分秋葉原の電気街は、そろそろ消滅すると思います。

そうですね…早くて2020年代、遅くても2030年代かと。

エディオンもソフマップもオノデンも全部消えます。オノデンはそろそろ消えるかな?十分消えたけど。エディオンは先ほど申した通り2023年。

最後に残るのがビックカメラかな。現存のソフマップをビックカメラにしてヨド◯シに対抗すると思いますが、なんせ離れてるんで、ついでにその頃には老朽化や地震も心配です。淀橋より大きい店舗を跡地にでっかく作るでしょう。そうなったら、LA◯Xやエディオンは論外へ。

以上です。書きすぎた
ハイフェッツ
2020年03月26日 03:50
検索でお邪魔しました。

石丸のレコードセンターの話が出ていますが非常に懐かしいです。
同じ方かは分かりませんがクラシック担当で、やたらと詳しい男性の方
(たしか、腕が毛深かった・・・)がいらしたのは覚えています。

当方が出入りしてた頃は1993年頃でして、当時、お小遣いが出ては、
ハイフェッツのCDを買い集めていった記憶がありますけど、
名前とタイトルを言ったら、一発で出して来られました。

ときたま学生時分だと、なめてかかる店員さんがいますけど、
石丸は店員さんの雰囲気が良かった記憶があります。
(あれから30年近く経た今は店員さんが年下さんですけどね[笑]。)

今あの界隈で「店名」が残っているのはガード下のパーツ屋を除けば、
オノデンやロケットくらいでしょうかね。

またお邪魔します。。
2020年05月23日 23:15
fukaさん、コメントありがとうございます。

2010年にレコードセンターがなくなり、今は万世橋交差点の旧1号店のみEDIONに名を変えて営業しているようです。私も90年頃からの約20年ずっとお世話になっており、クラシックの輸入盤もここで見つけた掘り出し物がたくさんありました。カラヤン・ゴールドはほとんどここで買いました。ヨドバシの家電の品ぞろえは素晴らしいけれど、CDなどは全くダメで残念ですね。最近はAmazonでの購入が増えました。
2020年05月23日 23:23
obake さん、コメントありがとうございます。

私は最近は旧本店のすぐ近くの鉄道模型店によく通っています。どこかでお会いしているかもしれませんね。石丸に通っていたころは鉄道模型店がなく、石丸でも扱ってもらえたらなんて考えていました。駅西側の雰囲気はだいぶ変わりましたが、賑わいは変わらず、ヨドバシ側とは違うマニアっぽさはまだ生きているような気がします。
2020年05月23日 23:34
あだーじょ さん、コメントありがとうございます。

最盛期はほんとに賑わっていましたね。買うことそのものがわくわくしたものです。お店の雰囲気が決してお高くとまっているわけではないけど、専門店としての品格みたいなものを感じましたね。輸入盤には日本語のタイトル(たまに手書き!たまに違う物!)が入っていて探しやすかったし、来るとちゃんと在庫がある! 雨の日には厚手のビニール袋に入れてもらえる楽しみもありました。懐かしいです。
2020年05月23日 23:54
わーしまさん、コメントありがとうございます。

どうせ統合されるなら、石丸電気の名前で統合してほしかったですね。ソフマップはビックカメラになっていますが、ヨドバシアキバとは規模が違いすぎますね。最近は私も通販での買い物も増え、買うことそのものにこだわることはなくなりました。ただ、最近お世話になっている、旧本店近くの鉄道模型店でだけは、石丸の時と同じようにひいきの店員さんにレジをしてもらえるようにしています。
2020年05月24日 00:14
ハイフェッツさん、コメントありがとうございます。

やたらと詳しい男性の方、おそらく私が紹介させていただいた吉田さんだと思います。後を継ぐ若い店員さんが育たないうちに石丸そのものがなくなってしまったのが残念です。

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